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神奈川県 岡夫妻さま ![]() |
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「にいがた花物語」モニターツアー感想文
= 始まり = ![]() 関興寺山門 ■塩沢牧之通りと塩沢つむぎ記念館 越後塩沢の雪国の生活を描いた雪国百科とも言うべき大作「北越雪譜」を著した江戸時代の塩沢の豪商であり文人、鈴木牧之の名を取った「塩沢牧之通り」は道路の仕上げを残し両側の商家と雁木など主なところは先の中越地震の跡形も無く美しく整備され、初夏の日差しにまぶしく輝いていた。歩道には「北越雪譜」の有名な雪の結晶図のタイルが随所にあしらわれているのが印象的であった。塩沢郵便局の裏手にある鈴木牧之記念館には数々の遺墨、書簡、著作などと共に「北越雪譜」の江戸時代の版が展示されているということなので次の機会にはぜひ訪れたい。 次に訪れた「塩沢つむぎ記念館」では館長さんの丁寧な塩沢織物の魅力と紹介をいただいた。また2階の織工房では二人の女性が熱心に織仕事の体験に取り組んでいるところを見て、伝統織物がより身近なものとして感じられた。1200年より前から塩沢地方で生産されていたといわれ「北越雪譜」にその生産活動が詳述されている「越後上布」の技術を絹織物にとりいれたもので、1770年頃作られたといわれる塩沢つむぎは織物にあまりなじみの無い私の目にもその繊細で上品かつしっとりとした風味の絣が素晴らしい。夏の男物として1枚手に入れたいものだ。 |
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![]() 塩沢牧之通り |
![]() つむぎ織工房 |
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■「土踏んだか」の雲洞庵 「塩沢つむぎ記念館」を後にして、バスは田植えを前にして水が張られた見事な水田の中の一本道を雲洞庵に向った。まことに手入れの行き届いた美田である。さすがに魚沼コシヒカリの産地の真っ只中である。米は単に日本人の主要食料というだけではない。米を取り巻く日本の自然、気候風土、歴史を物語る日本の象徴として守り育てていかなければならないものの一つであろう。 苔むした山門を潜ると、深い森のしじまに雲洞庵は静かに佇んでいた。本堂に導かれる杉木立の参道は明るい日差しを目指して緩やかな上り勾配で、左手に鐘楼を見る。きれいに掃き清められた建物の参拝者入口から廊下に上がると、左手窓から見渡される本堂正面の眺めが素晴らしい。 廊下の突当りに清水があり、“弁道”一、作務(掃除)、二、行持(行い)、三、学問(勉学)とあった。昭和20年代に小・中学校を過ごしたものにとっては懐かしい戒めであり、“勉強が出来れば”といった現代に於いても、古いと思われるかもしれないが再認識されなければならないのではなかろうか。なお同じ禅宗の中でも、曹洞宗の雲洞庵に対してさきに参拝した臨済宗の関興寺では、一、作務(掃除)、二、看経(お経を唱えること)、三、座禅とされている。 本堂ではご住職からこの寺の由緒、縁起について説明があった。1300年あまり前に尼寺として開かれたこの寺は最盛期には修行僧600人を抱える大きなお寺だったが、明治初年から4年にかけての廃仏毀釈により修行僧が日夜過ごす建物はことごとく打壊され、昭和60年をもって修行僧なくなった。現在は座禅道場に一般からも参禅者を受け入れている。明治政府による神道国教、祭政一致の政策により始まった廃仏毀釈運動は仏教施設の破壊を引き起こし、一説によるとそれまでは現在残されている国宝の3倍が存在していたと言われている。まことに恐ろしいことが行われたものである。 ![]() 雲洞庵本堂 ■そば処 田畑屋 そば処田畑屋は国道17号沿いにあり、12時前にもかかわらず駐車場は地元ナンバーで占められ繁盛している様子であった。ここで名物のへぎそばと山菜のてんぷらを頂いた。味といいボリュームといい満点で、さすが地元で人気の店だけある。とくにシーズン真っ盛りの山菜は種類が豊富で質は良く十分堪能できた。 ■坂戸城跡 国指定文化財の坂戸城跡は坂戸山頂634mの実城、山麓の御館、家臣屋敷跡、堀跡などからなっている上杉景勝ゆかりの城跡で、カタクリの群生地や山野草で知られるとのことであった。この度は南魚沼市観光協会、山野草ボランティアガイドの方のガイドで坂戸城跡ハイキングコースの一部、上杉景勝生誕地から薬師尾根の途中を下るコースを巡った。カタクリは時期を過ぎて見られなかったが、イカリソウが盛りであった。薬師尾根には多くのいろいろな姿態の薬師如来像が道の両側に見られた。これらの薬師如来像は時間をかけて調べればいろいろ興味深いことが分かるのではないかと期待される。坂戸城跡は1日をかけても見尽せない程見どころが多い。また日を改めて訪れたいものである。 ![]() イカリソウ ■永林寺 中越地震の震源地 堀乃内地区、堀之内IC近くの轟々と車の行きかう高速道路の直下に曹洞宗 永林寺はあった。ここには幕末の名匠 石川雲蝶の彫物、絵画が数多く公開されており、特に本堂天井の木の彫物が素晴らしい。ご住職じきじきのユニークな講話も楽しかった。これだけの文化財を中越地震の損害から短期間に復旧されたご住職のご苦労には頭が下がった。そればかりではなく、世界の貧しい子供たちを助ける活動など幅広く精力的に活躍されているご様子をお聞きし感動した。 ![]() 永林寺本堂 ■民宿「休み場」と山菜取り 永林寺を出てJR只見線沿いに国道252号線を東へ里山を走ること30分、252号線沿いの高台にある今宵の宿、民宿「休み場」にまだ日のある16時ごろ到着した。宿着に着替えて庭先に出ると午後の風が心地よい。同行の人たちと宿のご隠居と風に吹かれて立話をしているうち周りをふと見ると、手近に結構山菜が見られるではないか。その後皆さんが離れた後も夕食まで結構な時間ご隠居と話し込んでしまった。(なお、「休み場」の風呂が一人用と狭いことから、ここに来る途中でどこか立ち寄り温泉に寄っていただけたら良かった) 夕食は付近で取れたという様々な山菜料理がこれでもかこれでもかと出され堪能、採れた現地で食べる山菜は全く別物であり、山菜は採って帰るものでなく採ったところで食べるものと痛感した。夕食後のひと時地元ボランティアさんの入広瀬地区の歴史と暮らし、自然についてお話があった。 快晴の翌9日朝食後、裏山に山菜取りに行った。ワラビ、ゼンマイ、たらのめ、こしあぶら、やまうど、木の芽など種類、量ともに手じかに沢山の山菜が見られた。いくらでも採れそうだったが、私は木の芽とワラビを中心に食べきれるだけ採った。ここ入広瀬地区は「さんさい王国」というだけあり、山菜が豊富な上多くの民宿があり、付近には温泉も多い。5〜6月の山菜の時期もさることながら10月のきのこも豊富とのこと、きのこ好きの私は今はずっと昔、信州 扉温泉で食べたきのこ料理を思い出した。ぜひまたここ入広瀬地区を今度は家族で訪れたいものである。 昼食もここ「休み場」で頂いた。ここの山菜定食もとても良かった。昼の山菜定食だけのために数人のグループのお客が来ていた。評判のようである。ここのご主人が打った手打ちそばを一口味見した。ちょっと太めで腰が強く独特の食感のしっかりと丁寧に打たれた「男の、男らしい」そばである。ぜひこの手打ちそばを味わいに来たい。 |
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![]() 休み場入口 |
![]() 山菜の煮物 |
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■旧山古志村 あの中越地震で甚大な被害を受けた村で、今は長岡市と合併した旧山古志村、ここには昨年6月はじめにバイクで長野県木島平から国道117号線谷街道を通って十日町〜小千谷市街から入ったことがある(実際は迷って入ってしまったのであった)。その当時道路には山古志村入口にバリケードがあり、一般者は入れず引き返した。それでも付近の崩壊は想像以上のものだった。6月5日の地震後初の牛の角突き見物で付近の宿は一杯だった覚えがある。地震被害で知られた地域であるが、それだけではなくここは日本人ならばその心に沁みる美しくも懐かしい山里の風景そのものなのである。このたび凄まじい崩壊の痕跡と復興の状況を見て、地域住民の方々の忍耐と地域再生への努力とともに、インフラのみならず自然をもここまでに回復させている日本の底力を心強く感じた。 |
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![]() オオバキスミレ |
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■松之山温泉 あれは6〜7年前であったろうか、その年の夏、家内と二人ドライブで妙高から新潟市内を通って松之山温泉に1泊したことがある。とても暑い真昼ごろ、新潟市の入口でオープンしたてのイトーヨーカ堂の1階の小さな書店で観光地図を買い求め、新潟市から近い温泉を探して松之山温泉を見つけ、向ったのだった。このたび旧山古志村から十日町市に入り県道80号線を通って松之山温泉に向うに至り、80号線のあたりの風景は以前訪れたときの記憶と変わりのない風景、棚田や総二階建ての伝統的な外観の民家など懐かしいものだった。松之山温泉街の鄙びたけしきも変わりなく、前に来たとき泊まった通り最奥の野本旅館も懐かしい。その晩泊まった旅館・千歳は手入れの行き届いた落ち着いた宿であった。 夜、会食のとき地元保存会による松之山の郷土芸能「獅子舞」と「剣の踊り」を鑑賞した。鍛えた体の力強い踊りに感動、特に「獅子舞」は立居振舞いが素晴らしかった。十日町市や松之山観光協会のパンフレットや新聞などにもっと紹介されればと思う。湯、雰囲気、食事、暖かいもてなしなど全てにおいて満足であった。温泉郷は周囲の自然と共生しないと価値が無いと思う。ここは見事に調和して保たれている。この雰囲気を大切にしたい。 |
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![]() 獅子舞 |
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■大厳寺高原 松之山温泉から15分位の近くの大厳寺高原は長野県栄村と境を接する標高700mほどの明るい高原でキャンピング、バードウオッチング、ハイキングなどが楽しめる。 松之山温泉に宿泊した翌9日も快晴に恵まれ、十日町ネィチャーガイドの案内で自然観察ハイキングに出発した。標高800m前後の緩やかな尾根通しの道は新緑のブナが生い茂り季節の山野草が咲き乱れる里山である。特に一帯にあるオオイワカガミの群落はなかなか他所では見られない。また少なくなり絶滅が危惧され近年盛んに保護活動が行われているギフチョウとその食草フタバアオイを見ることが出来たのは思いもかけない喜びであった。2時間ほどの山野草を観察しながらのハイキングはしばらく振りの楽しいひとときだった。ここは自然が豊かで夏涼しく近くには多くの温泉があるので、目的により季節毎にいろいろな楽しみ方があると思われが、自然観察を目的に訪れるならばおそらくは今のこの季節がベストではなかろうか。 |
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![]() オオイワカガミ |
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■じょうもんの湯「おふくろ館」 |
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以上 |
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神奈川県 岡夫妻さま |
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新潟県観光協会主催モニターツアーへの応募(参加)を夫から誘われた時、実はまったく気乗りがしなかった。2泊3日のツアーが無料のモニターってとても責任重そうだし、作文が大の苦手な私にとって、レポート提出も気が重い。仕事とボランティア活動でスケジュールびっしりだし、新潟ならスキーで何度も行っているし……と夫には一人で参加することを勧めた。が、夫はなおもモニターツアーならではの中身の濃さを強調して、私の同行を勧誘。とうとう重い腰を上げて参加することになったのである。
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