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ホーム > 新潟の見どころ > 新潟の歴史と文化 > 坂口安吾

新潟の歴史と文化

新潟には、全国に誇れる多彩な歴史と文化があります。郷土の英雄や偉人、連綿と受け継がれてきた文化的・芸術的に優れた財産。
新潟にゆかりのある歴史的人物、文化的財産についてご紹介します。

歴史上の人物:坂口安吾

坂口安吾

坂口安吾

新潟市の坂口仁一郎の12番目の子として出生、本名を炳吾(へいご)といった。安吾というペンネームは、新潟中学時代、学校をサボってばかりいる炳吾に対し、漢文の先生が「炳というのは、アキラカという意味だが、お前は己に暗い暗五だ」といったのをそのまま安吾に転化したといわれている。
処女作「木枯の酒倉から」(昭和6年)の後「風博士」や黒谷村」などを発表し、牧野信一や島崎藤村、宇野浩二などに激賞されて文壇に登録された。終戦直後の虚脱状態にあった昭和21年「新潮」に書いた「堕落論」や「白痴」などが落雷のような衝撃を人々に与え、一世を風靡した。昭和30年群馬県桐生市の借家で脳出血のため49歳でなくなった。安吾の直弟子をもって任じていた作家の壇一雄は「激越な求道(くどう)者の面とまた徹底した破戒僧の面と、この二つが絶えず安吾の鬱気の底にもみ合っていた。そして安吾は生活上の徹底した実用主義者であると同時に徹底した精神主義者であった」と評している。

●坂口安吾文学碑(新潟市護国神社境内)

 

資料提供:新潟市


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