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ホーム > 新潟の見どころ > 新潟の歴史と文化 > 山本五十六

新潟の歴史と文化

新潟には、全国に誇れる多彩な歴史と文化があります。郷土の英雄や偉人、連綿と受け継がれてきた文化的・芸術的に優れた財産。
新潟にゆかりのある歴史的人物、文化的財産についてご紹介します。

歴史上の人物:山本五十六

山本五十六

山本五十六

  山本五十六海軍大将は明治17年、長岡藩士の高野貞吉が56歳のときの子であったので五十六と名づけられた。
  五十六は海軍の主力は大鑑巨砲主義から航空機に移っているという先見性に基づいて、航空隊の育成と航空機の生産に全力を注いだ。また、海軍次官のときは、日独伊三国同盟は世界大戦につながるとして身体を張って反対した。
五十六の最大の悲劇は、最も強硬な日米開戦反対論者であった彼が、連合艦隊司令長官として、ハワイの奇襲攻撃を敢行し、米英との戦争の最前線で戦わなければならなかったことであろう。昭和18年4月18日、前線将兵激励のため、ラバウルの基地からショートランド島に飛んだが、途中ブーゲンビル島上空でアメリカ空軍の戦闘機群に襲われ撃墜され、壮烈な戦死を遂げた。

●山本記念公園
-五十六の胸像とこれに向かい合うようにして復元された生家が建っている。
●如是蔵博物館
-交通:長岡駅より徒歩5分。山本元帥の遺品等が展示してある。


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